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山下賢二「ガケ書房の頃」(夏葉社)

僕たちは本屋さんに「WE STILL LOVE YOU」と言い続けられるのか?

 
 山下賢二「ガケ書房の頃」(夏葉社)。
 中野ブロードウェイの「タコシェ」にて、比較的目立つところに平積みされていました。

ガケ書房の頃

ガケ書房の頃

 京都の個性的な本屋「ガケ書房」(現在は移転し「ホホホ座」)の店主による、「外で一言も会話しなかった」幼少期のエピソードに始まり、本屋開業までの紆余曲折の青春時代、そして「ガケ書房」の苦闘の日々から「ホホホ座」誕生に至るまで、著者の半生がたっぷり語られたエッセイです。


 関東在住で京都には2,3回くらいしか行ったことのない僕ですが、「ガケ書房」の名前には覚えがありました。
 小沢健二さんの名盤「LIFE」の20周年記念で、2014年にタケイグッドマンさんが監督した「超LIFE」*1。そのエピローグというか、あとがきのような場面で映るのが、京都の「ガケ書房」のレジに貼られた「K.OZAWA」(E.YAZAWA風のデザイン)のステッカーでした。
 その矢沢風ステッカーの面白さと、「ガケ書房」なる店名の変わった語感が、僕の印象に強く残っていたのです。

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 パラパラと立ち読みしたところ、案の定、小沢さん絡みのエピソードも載っていたのですかさず購入。

 (あまり行儀のよくない読み方かなと思いつつも)まずは小沢さん絡みの部分を一気読み。
 小沢さんと交流をもつに至った経緯、母・牧子さんから語られた幼少期のエピソード、「企業的な社会、セラピー的な社会」をひそかに販売し、その売上を“ある方法”で小沢さんへ支払ったことなどなど、該当するページ数は少ないながらも、面白い話がいくつも綴られていました。
 これだけでもう、小沢ファンにはオススメなのですが……。


 あらためて本の頭から通して読んでみたら、これがまた面白い面白い!

 中でも面白いのが、特に明確な目標はないが、現状に違和感をおぼえての行動の数々。
 「ここでもし、こちらではなくあちらの進路をとったら、面白いだろう」と想像したことは、誰でも多かれ少なかれあるでしょう。ただ、この本の「僕」はそれを次々と実行してしまう。そこがすごい。
 幼少期に「外で一切の言葉を発さない」ことを徹底したり、予備校入学の直前に京都の実家からとつぜん家出して横浜へ降り立ったり、「男優的な仕事」もあるエロ本の編集部で働いたり。


 中盤、いよいよ「ガケ書房」をオープンすると決めてから店の営業が軌道に乗るまでの、手探りな奮闘ぶりがまた楽しい。
 車が「飛び出して」いる外装*2。来店客からスタッフへのヘッドハンティング。店内でのライブイベント。
 「こんなやり方が良いんじゃないか」と著者がお店で試したアイデアの数々を紹介されるたびに、読んでいる僕も「それは面白そう!」と前のめりになるのだけど、実際はなかなか目論みどおりにいかず……。

 本書の肝は、こうした出来事がすべて、淡々と述べられている点でしょう。
 何も後ろ盾のない立場から個人で開業し、数年のうちにカリスマ的な存在感をもった書店を作り上げたのだから、多少なりとも自慢げな語り口になりそうなところ。
 ところが本書では終始、一歩退いた視点から、冷静に振り返り、淡々とした文体で、綴られています。
 その時その時に起きた事実と、当時自分が思ったことと、今振り返っての考えと。
 そこに親しみを覚えるし、ともに応援したくなる。そんな文体です。


 そして終盤。
 「ガケ書房」開業10周年を前に、いくつかのきっかけにより、著者の中で「閉店」の意志が固まってゆきます。
 それまで追ってきた読者からすれば、残念に思いつつも、閉店も致し方ないのかな、と著者の考えも理解できる場面です。

 ところが、「ガケ書房」閉店の危機を前に、ある人物が再登場します。
 そう。僕がこの本を手に取るきっかけになった、あの人です。
 閉店の計画を耳にしたあの人が、「かつての自身のバンドのことを例にあげて」*3理解を示しつつも、「ガケ書房」存続のため支援に動きます。それも、かなり具体的な形で。
 この展開には、(「自身のバンド」の話が出てきたことも含めて)大変に驚きました。

 では、あの人の支援がどう影響し、どのような紆余曲折を経て最終的に「ホホホ座」に至ったのか——。その展開は、ぜひ本書で読んでいただきたいです。


 「ホホホ座」へ無事移転したあと。最後の章は、以下の文章で始まります。

 実は僕たちは今、「その町に本屋がいるかどうか?」という議題の国民投票をしている。本屋が必要だという票は、近所の本屋で本を買う行為がその一票になる。自分の町に一軒も本屋がないという人は、残念ながらその町ではもう投票の結果がすでに出てしまったということだ。(後略)*4

 この文章に続いて、著者が実際に肌で感じてきた経験をもとに、「本屋」に対する考えが語られます。
 「本屋」、ひいては「本」というメディアそのものとどう向き合うか。
 いずれもどんどん数が減ってゆくなか、どのような将来像が描けるのか。


 僕は、出版業界に近いところにいたこともあるので、比較的「本」の将来を気にかけているほうだとは思います。
 ただ、実際に自分がどう「本屋」や「本」と付き合っているかというと、読書にふける時間はずいぶん短いし、紙の本よりも電子書籍のほうにお金も時間も費やしている。町の「本屋」との距離は年々開く一方です。

 ただ、たまに出先などで本屋を覗いて、「こんな本があるんだ!」と出会ったときの喜びは何者にも代えがたいですし、そうした出会いを巧みに演出してくれる素晴らしい本屋さん(個人的に印象深いのは、都内だと「往来堂書店」、あと札幌駅構内の札幌弘栄堂書店)は本当に応援したいと思います。
 たとえば、2013年、札幌弘栄堂書店にたまたま立ち寄ったときの僕の感動をぶつけたツイートが以下になります。


 お店全体がすごいのか、それとも特定の店員さんがすごいのかはわかりませんが、少なくとも僕はこの時ここで(旅行先にもかかわらず)何冊もどかどかと購入してしまいました。


 最後に、本書の最終章からもう一つ引用。

 僕は、店は続けたが本屋は辞めた。人から見たら、まだまだ本屋だろう。でも、本屋というプレゼンテーションにこだわるのを辞めたのだ。本を、そして本屋を愛しているから、本を読まない人にもっと本を買ってもらいたいから、本屋を辞めた。(後略)*5

 「本屋を辞めた」人のお店は、どのように「本」と付き合っていくのでしょうか。「ホホホ座」には近々ぜひ訪れたいと思います。もちろん、レジに貼られた「K.OZAWA」のステッカーも見逃さないようにして。

*1:元々はスペースシャワーTVの特番で、後に劇場公開・DVD化

*2:言葉で説明されてもさっぱりわかりませんが、カバー写真などをよく見ると、なるほどたしかに「飛び出して」いるなと納得できます

*3:P.252より引用

*4:P.281より引用

*5:P.281より引用