だから僕らはスカート/澤部渡へ喝采を送る - スカートのメジャーデビューとアルバム『20/20』について

 2017年10月18日に発売されたスカートのアルバム『20/20』が素晴らしい。快作だ。という話をしたい。

20/20(トゥエンティトゥエンティ)

20/20(トゥエンティトゥエンティ)

目次

素晴らしいゆえに説明しづらいポップス

 『20/20』をまだ聴いていない人には、リード曲の「視界良好」や、「静かな夜がいい」をMVとともに聴いてほしい。この2曲にピンと来た人は絶対に買うべき。もしピンと来なくてもまずは買うべき(強引)。
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 全11曲、計35分。集中して一気に聴けるボリュームだ。スカートは今作に限らずタイトな尺の作品が多いが*1、世の中の流れをみても短くギュッと詰まったアルバムが増えてきているので、このタイトさを歓迎する人は多いだろう。
 粒揃いのアルバムだし、聴くたびに好きな曲が増えていくのだけど、個人的なお気に入りを挙げるなら「さよなら!さよなら!」や「ランプトン」あたりだろうか。
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 とにかく上に貼ったMVやダイジェストを聴くのが一番の入口だと思う。
 なにしろ、スカートの音楽の良さを言葉で説明するのは難しいのだ。
 スカート唯一の正式メンバーである澤部渡氏自身も先日、こんなツイートをしていた。


 本当に、説明しづらいと思う。
 これといってクセがあるわけではない。
 難解でもなければ荒削りなわけでもない。
 完成度が抜群に高い、洗練された気持ちいいポップスだ。
 なのに。いや、だからこそ、良さを説明しづらい気がするのだ。

諸手を挙げて歓迎されたメジャーデビュー

 今作『20/20』はスカートのメジャーデビュー作だ。
 メジャーデビューが発表されたとき、多くのファンが「めでたい!」と喜んだ。
 
 今どき、メジャーとインディーズにどれだけの違いがあるだろうか。
 若手でもベテランでもインディーズで活躍している人はいくらでもいるし、作品の質や流通ルートの面で見てもメジャーとインディーズの差はさほど大きくない。我々がCDや配信等で曲を聴くときも、その作品がメジャーかどうかなんて特に意識していないはずだ。
 むしろ、メジャーデビューによるデメリットが目について、ファンが複雑な思いを抱くことのほうが多い気さえする。音楽性が変わってしまうとか、有名になりすぎてしまうとか、アーティスト本人が消耗してしまうとか。(実際にそういったケースがどれだけあるかわからないけど)少なくとも、メジャー行きを手放しで喜ぶファンはそう多くないのではなかろうか。
 そんなご時世にもかかわらず、スカートのメジャーデビューは、僕を含め多くの人が諸手を挙げて歓迎しているように見える。どうしてだろう?

「もっと早く知ればよかった!」

 理由はいくつか考えられるが、何よりまず、「スカートの音楽はもっと広い範囲で多くの人に聴かれるべきだ!」と願っている人が多いのだろう。
 ちなみに僕はそんなにスカートのファン歴が長いわけではない。『サイダーの庭』(2014年)のリリース前後に初めて知った新参者だ。けど、初めてスカートを聴いたとき、「もっと早く知ればよかった!」と強く感じた。『エス・オー・エス』や『ストーリー』の頃からずっとリアルタイムでスカート/澤部渡氏の快進撃を追いかけてきた人たちがうらやましくてたまらない*2

エス・オー・エス(四刷)

エス・オー・エス(四刷)

 最初から(才能も体躯も)ビッグで、驚くほど完成度の高い作品を発表しているけど、そのうえソングライターとしてもプレイヤーとしてもバンドとしてもめきめきと成長していることが誰の目にも明らかだし、確実にファンの数も増えている。
 けれど、まだまだ。もっともっと多くの人に聴かれるべきだ。スカートの音楽には、それだけのポテンシャルがある。僕のように「早く知ればよかった!」と思う人が、世の中にはたくさんいるはずだ。良いものは良いのだから、できるだけ多くの人に届いてほしい。そう思っている人が多いからこそ、スカートのメジャーデビューに喝采が送られているのだろう。

インディーズシーンの第一線から

 インディーズシーンにおけるスカートの立ち位置も重要だ。
 これについては僕よりも熱心にシーンを追いかけたり併走したりといった人がたくさんいるので、知ったような口調で書くのも恐縮だが――ミツメ、トリプルファイヤーとともに「東京インディー三銃士」でイベントを開催したり、レコード店・ココナッツディスクにインディーズの新譜が並ぶ光景を当たり前にしたり*3、スカートからの影響を公言するミュージシャンが続々と登場したり。
 新しい流れを作っている若手ミュージシャンたちの潮流、その中心かつ最先端にいるのがスカートだと思う。
 そのスカートが満を持してメジャーデビューした。となれば、スカートの周辺にいるミュージシャンにも注目が集まるはず。実際、今回のメジャーデビューツアーは全公演でスカートの盟友たちと対バンしている。たとえば僕が渋谷WWW Xで観た日は澤部氏と相思相愛の京都の気鋭・台風クラブが出演。1stアルバム『初期の台風クラブ』の収録曲(全10曲/計32分)を全曲を最高の演奏で披露していた。きっと会場の物販でもCDが飛ぶように売れたはずだ。

初期の台風クラブ

初期の台風クラブ

 ちなみに、台風クラブのフロントマン・石塚淳氏も澤部氏との対談で“スカートの音楽がもっとマスに広がるって、めっちゃいいことですよ。澤部さんなら、ちゃんとインディペンデントな自分の意志を持ちながらメジャーで活動できそうな気がします”*4と述べている。

メジャーでも揺るがない芯の太さ

 ファンからの信頼も篤いのだと思う。
 自主製作でも、たくさんの人の手を経てメジャーレーベルからリリースされたものでも、その芯の部分は簡単に揺るがないだろう――という信頼感。
 
 自身のレーベル・カチュカサウンズから発表したファーストアルバム『エス・オー・エス』やコミティアで頒布した手売りのCD-Rから、メジャーデビュー作の『20/20』に至るまで。進化も変化もしているけれど、常に優れたポップスを書き、唄い、演奏していることには変わりない。
 特にカクバリズムに所属して以降は、いっそう芯が太くなっているように思う。たとえばカクバリズムでの初CD『CALL』のリリース時には“「カクバリズムでやる」ってことが決まったっていうのも大きかった”“「自分で予算を気にしないで作れるのは、こんなに素晴らしいのか!」って思いました(笑)”*5と述べている。

CALL

CALL

 ポニーキャニオンからメジャーデビューしてもカクバリズムによるプロデュースは継続している*6し、そもそも今作『20/20』はメジャーデビューが決まる前から制作が進んでいた作品で、カクバリズムからインディーズでリリースされたシングル『静かな夜がいい』の表題曲もそのまま収録されている。だから、これまでの作品と間違いなく地続きの場所にある。
 おそらくポニーキャニオンとしても、いわゆるメジャーアーティストらしい色をつけたいのではなく、これまでのスカートらしさを維持したまま、その延長線上にある作品をリリースしたいと思っているんじゃないだろうか?
 
 ちなみに、澤部氏自身はメジャーとの契約について、今から5年前(2012年)のインタビューでこのように語っていた。

―――メジャーのレコード会社との契約に興味ありますか?
澤部 お金がもらえるのであれば(笑)。
―――澤部さんに限らず、今の若いミュージシャンの人たちって、あんまりそういう欲がないですよね。
澤部 仮想敵じゃないですけど、「メジャーなんて!」っていう部分があるんじゃないですか。知り合いがメジャーと契約したんですけど「給料いくら?」って訊いたら10万円で、それじゃ夢ないなぁと思って。もちろん売れたら給料も増えていくんでしょうけど、それならメジャーでも自主制作でも、どっちもどっちかなと。もちろんメジャーレコード会社ならではの宣伝力は絶対あると思うんですけど。だから、まあ……声をかけてもらえれば、と(笑)。
―――澤部さんって、自分の音楽がどれくらいまで届けばいいと思ってますか? 分かる人だけに聴いて欲しいのか、コンビニの店内でも流れて欲しいと思っているのか。
澤部 昔からずっと思ってるんですけど、たぶん僕のやってる音楽が必要な人って、少しはいると思うんですけど、メインになったらマズイんじゃないかと。僕の音楽は暗いし、きっと明るい音楽のほうが世の中には必要なんじゃないかなと。
(出典:いいからスカート澤部渡を聞けって!/取材・文:北尾修一/編集・撮影:テリー植田)

 5年前と現在とでは考えの違う部分もあるだろうが、いま読むと興味深い。たしかに「メインになったらマズイ」かもしれないが、「僕のやってる音楽が必要な人」はけっして少なくないと個人的には思う。
 また、『CALL』のリリース時にはこう述べている。

カクバリズムにサポートをしてもらえるようになって、余計な迷いがなくなったんです。無責任に最初のアルバムを作った頃の、何者にでもなれる自分に戻ることができた気がしました。どんなアルバムを作っても、どんな誤解をされてもいいやって思えたのが一番大きな変化かなって思ってます。
(出典:スカート 澤部渡「CALL」インタビュー - 音楽ナタリー/取材・文:小田部仁 https://natalie.mu/music/pp/skirt/page/2)

 この「大きな変化」の延長線上に、メジャーデビューの決断があったのかもしれない。

「音楽がめちゃくちゃ好きな人」の音楽

 ORIGINAL LOVEの田島貴男氏が、最近のインタビューでこのように語っていた。

ヒットするしないっていうのは、音楽を好きでたくさん知っているかどうかには関係ないんだよね。逆に“レコード何枚も持ってます”みたいな、音楽がめちゃくちゃ好きな人がヒットすることって実は珍しい。
(略)
逆に、全然音楽を知らなくてヒットする人もいる。ただ、それじゃやっぱりつまらない。オシャレな音楽、センスがある音楽の前提条件って何かっていうと、音楽の知識があるかどうかだと僕は思います。レコードをたくさん聴いて、音楽の良さを知れば知るほどカッコいいというのはどういうことか、いい音楽ってこういうことなんだって理解していく。そうやってセンスが磨かれていくという。やっぱり僕はそういう音楽が好きですね。
(出典:音楽主義「音楽未来 vol.40 田島貴男 ORIGINAL LOVE -ポップの魔術師-」/text:柴 那典/太字強調は引用者による)

 スカート=澤部氏が作るのも、まさにこういった「音楽がめちゃくちゃ好きな人」の音楽だと思う。
 昭和60年代生まれでありながら(今のようにアナログ盤市場が再拡大する前から)レコードを聴き漁り、古今東西の良い音楽を存分に吸収しつづけている人が奏でるポップス。だから上の世代のミュージシャンから注目され、同世代や下の世代にとっての目標となり、そして幅広い世代のリスナーたちを惹きつけるのだろう。
 
 田島氏のインタビュー、先ほど省略した箇所ではこのように語られている。

音楽がめちゃくちゃ好きな人がヒットすることって実は珍しい。だから山下達郎さんや大滝詠一さんはすごいんだと思います。なぜかと言うと、マニアックな体質って、歌ったときに出ちゃうんです。だけど特に達郎さんの歌はそういうところを突き抜けている。歌に爽やかな景色が見える。そこが特別なんです。
(出典:音楽主義「音楽未来 vol.40 田島貴男 ORIGINAL LOVE -ポップの魔術師-」/text:柴 那典/太字強調は引用者による)

 個人的にスカートを聴いてて一番しっくり来るシチュエーションは車の運転中だ。スカートのサウンドは、エンジン音やロードノイズもお構いなしに、車内で快く鳴り響く。
 今作のタイトル『20/20』は、「視界良好」といった意味のスラングらしい。そう、まさに「歌に爽やかな景色が見える」のだ。
 僕は、スカートがめちゃくちゃにヒットしている世界を見てみたい。
 街なかでふとした瞬間に澤部氏の歌声を耳にする、そんな近い未来に期待したい。
 だから僕らは、メジャーデビューを果たしたスカート/澤部渡へ喝采を送っているのだ。

20/20(トゥエンティトゥエンティ)

20/20(トゥエンティトゥエンティ)

 
 以下余談。「芯の太さ」「軸足の揺るがなさ」といった印象は、澤部氏の外見も少なからず影響しているはずだ。
 正直、僕も初めてスカート/澤部氏を知ったときはそのルックスに「マジかよ」と思った。思ったが、その巨躯から奏でられる旋律や歌声は紛れもない一級品。むしろ、この澤部氏のルックスがあってこそのスカートだ! と感じているファンも多いはずだ。
 きっとあの巨体には、これまで山ほど聴いてきた古今東西の良質な音楽が血肉となって目いっぱい詰まっているのだろう。澤部氏は6歳のころからずっとあの体型を維持しているそうだが、光GENJIで音楽に目覚めたのは3歳の頃だという。じゃあやっぱり音楽が詰まっているんだ!
 圧倒的な存在感を放つシルエットだから、ライブ会場や街中でも妙に目につく。去年は小沢健二氏のライブ会場で、今年はココナッツディスク池袋店やフジロックの会場でお見かけした。ココ池とフジロックでは思わず直接話しかけてしまったが、2回とも非常に快く応じていただけた。
https://www.instagram.com/p/BS3bXfnDIdh/
▲ココ池で購入すると同時にサインをいただいた『サイダーの庭』のアナログ10インチ。The家宝。
 ステージでの佇まいもそうだが、澤部氏にはとにかく人柄の良さを感じる。そこもまた多くの人に愛される理由なのだろう。
サイダーの庭

サイダーの庭

*1:藤井隆氏との対談によれば、“曲の短さっていうのは、自分の中ではすごく重要なテーマ”だそうだ http://natalie.mu/music/pp/skirt03/page/2

*2:限定生産のCD-Rやアナログ盤など後追いファン泣かせなリリースも多いのも、「早く知りたかった」と感じる理由のひとつ……

*3:インタビュー「スカート澤部のルーツを紐解く、ココ吉で見つけた4作品」 https://www.cinra.net/interview/201710-skirt によれば“ココ吉の店頭に、中古レコードだけでなくインディーで活躍するアーティストたちの新譜を置くようになったのは、スカートの自主制作によるファーストアルバム『エス・オー・エス』(2010年)が発端だった”とある

*4:出典: Mikiki | 台風クラブには〈これしかない!〉と思えた/いつも心の片隅にスカート澤部さんー離れた街の2人を惹き合わせた、魔法の音楽(2/2) | INTERVIEW | JAPAN

*5:出典:「スカート / CALL - 特設サイト」/text by : 松永良平 http://kakubarhythm.com/special/skirt_call/

*6: 参照:https://twitter.com/skirt_oh_skirt/status/898470084586254342