平成30年8月のニューヨークシティ【2日目】Eclecticな街の美を過剰摂取

 前回(1日目)はこちら。

Eclecticな街が奏でる音楽

 朝6時起床。
 NYCで最初に迎えた朝。疲労度のわりに早々に目覚めてしまったのは、時差ボケのせいかそれとも逸る気持ちのせいか。

 日曜日の早朝にもかかわらず、窓の外を見ると、足早にミッドタウンを歩いてゆく人たちの姿が少なからず目についた。ニューヨーカーの朝は早い。
 
 昨日Twitterでいただいたメッセージに返信をしつつ、部屋に備えつけのBluetoothスピーカーで小沢健二の2001年のアルバム『Eclectic』を聴いた。1998年に日本を離れた小沢健二が、NYCへ移住して最初に作ったアルバムだ。

Eclectic

Eclectic

  • アーティスト:小沢健二
  • ユニバーサル ミュージック (e)
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 『Eclectic』や2006年の『Ecology of Everyday Life 毎日の環境学』は小沢健二のディスコグラフィーの中でも異色作、とみていいだろう。90年代や2010年以降のライブや録音作品とは明らかに違うタッチで、とくに前者は曲調のみならず歌詞の文体や唄い方もそれまでと(それ以降とも)大きく異なる。もっと言うと、日本に対する距離感(あるいは拒絶感)みたいなものが伝わってくる。何度も聴くうちにだんだんと良さがわかってきたアルバムだが、ほかのアルバムやシングルに比べるとどうしても咀嚼しきれない部分が残っている気がした。
 スピーカーの音は空気を震わせて鼓膜へ届く。NYCの空気を通して『Eclectic』を聴けば、なにか新しい発見があるんじゃないか。そんな期待を胸に聴いてみた。
 結論。あくまで個人的な感想だけど、『Eclectic』のことが少なからず理解できたように思う。やはり、この街の空気のなかで生まれたアルバムなんだな、と実感した。
 
 NYCの飲食店を予約するとき、料理のジャンルに「American」や「Chinese」などと並んで「Eclectic」の表記を見かけた。Eclecticの意味は「折衷主義」。日本語では日常的に使うことのない言葉だけど、アメリカ、少なくともNYCでは一般的な表現なのかもしれない。実際にその地に立ってみると、なるほど、NYCは実にEclecticな街だと思う。
 

夢にまでみたデリのロール

 NYCでどうしてもやってみたかった目標のひとつに、「デリで朝食を買ってくる」ことがあった。日本の街中におけるコンビニのような立ち位置で、NYCには個人経営のデリ(雑貨店)があちこちにある。
 資本主義大国の中心部だからマンハッタンなんてグローバルチェーンで埋め尽くされているのだろう、なんて思いがちだけど、意外に個人経営の個性的なお店が多い印象を受ける。もちろんスタバとかマクドナルドとかも見かけるんだけど、東京都内におけるコンビニやファーストフードチェーンの占める割合に比べればNYCのそれはずっとずっと少ないように思えた。人種や主義・思想が多様な、すなわちEclecticな街だからこそ、グローバルチェーンよりも個人経営の多様なお店が求められがちなんだろうか?
 ともかく、それらデリではメーカー謹製の食料品だけじゃなく、お店オリジナルのサンドウィッチや惣菜、コーヒーなども売られている。NYCへ来たなら高級レストランで食事をするよりも、街中のデリでロールを買ってみるのはいかが――といった話をNYCに長く住んでいるミュージシャン・作文家の人が6年ほど前に述べていて、それ以来ずーっと実現したかったのだ。
 日曜日だと休みのデリも多いようだけど、ホテルの徒歩圏内で日曜営業をしておりなおかつ評判の良いところを調べ、朝のミッドタウンを散歩しながら向かうことにした。……しかし、「評判の良いところを調べ」ってあたりが我ながら情けない。日本で食べログの点数を気にするように、NYCではYelpの点数をどうしても気にしてしまうのだった。目についたお店にとりあえず飛びこんでみる、ってことができないんだ。
 道中、日曜でもスーツ姿でいそいそと歩いてゆく白人のおじさんと併走したり、気分が良いんだかラリってるんだかわからない黒人の兄ちゃんをシカトしたりしつつ、目的のデリに到着。カタコト英語でどうにかこうにか注文を済ませ、(イートインもできるのだけど)ホテルへ持ち帰って食した。

 よくわからないまま「Special」なるものを選んだら、ロール2種類のセットだったらしい。2,3人で分けて食べたらちょうど良いんじゃないかってくらいのボリュームで、ちょっと苦しくなりながらも1人で完食。味は悪くなかったけど、マヨネーズか何かの酸味が強すぎて舌と鼻に匂いが残ってしまった気がする。
 

はじめての地下鉄、はじめてのCiti Bike

 腹を満たしまくったところで、あらためて出発。エンパイアステートビルのふもとを歩いてゆく。

 本日のお目当てはNYC名物のひとつ、アートだ。
 NYCには無数の博物館、美術館、ギャラリーがある。この日はメトロポリタン美術館(MET)、グッゲンハイム美術館、ニューヨーク市立博物館、MoMA、の4箇所を巡ると決めていたが、METだけでもつぶさに観てまわろうと思ったら丸1日かけても全然時間が足りないほどの規模だ。初めてだからこそ、つまみ食いするように手早く廻っていきたい。
 
 まずはMETまで地下鉄で移動。路線バスでも向かえるけど、路線バスに乗るにはメトロカード(地下鉄と共通のプリペイドカード)か硬貨が必要となる。メトロカードも硬貨も手元にないから、とりあえず地下鉄に乗るしかない。地下鉄の自動券売機は日本語に対応していた(他の駅では非対応の券売機もあった)。

 NYCの地下鉄といえば、「割れた窓ガラス」の喩えでご存知の人も多いだろう。90年代後半、ジュリアーニ市長の指揮のもと、窓ガラスが割れたり落書きだらけだったりした地下鉄を徹底的にクリーンアップしてNYCの治安は劇的に改善した――といわれている。そんなわけで2018年現在のNYCの地下鉄は観光客でも気軽かつ気楽に利用できた。ただ、駅構内や車内の掲示が日本の鉄道に比べるとはるかに不親切なので、Googleマップの案内を首っ引きして「この車両で合ってる? よね?」と何度も何度も確認しながら乗らなきゃならない。比較的新しいタイプの車両だと、これから停まる駅の一覧が車内の電光掲示板に表示されるので「あと3駅だな」とか確認できるけど、そうでない場合は車内にヒントはほぼ無し。車内アナウンスもボソボソしすぎて(英語力の有無にかかわらず)全く聞こえないことも多い。
 
 そんなこんなでMETの最寄り駅へ到着。駅からMETまで徒歩10分強の距離だったので、ここでひとつ、ためしにCiti Bikeへ乗ってみることにした。
 Citi Bikeはレンタル自転車で、NYCのあちこちに貸出&返却用のステーションが設置されている。どれくらい「あちこち」にあるかというと、これくらい。このドットが全部ステーションだ。

 地下鉄の駅やバス停よりもずーっと密集しているから、自分がどこにいても、現在地の数百メートル圏内にステーションが見つかる。僕は今回、3日間乗り放題(1回あたり30分以内)のプランをあらかじめ購入していたので、遅かれ早かれCiti Bikeは利用するつもりだった。
 Citi Bikeのアプリで現在地からMETまでのルートを検索してみると、徒歩よりもいくばくか時間短縮になるようだ。せっかく天気が良いことだし、これは乗ってみるしかない!

 最寄りのステーションへ行き、停まっている自転車のうち1台を選び、アプリで表示された暗証番号を入力。


 すると自転車のロックが解除されて乗れるようになる。ロック解除までの所要時間は30秒足らず。めちゃくちゃお手軽だ。大抵はサドルの高さがアメリカ基準に調整されているので、自分の背丈にちょうど良いところへ引き下げてから漕ぎ出す。ペダルやブレーキの配置は日本の一般的なママチャリと同じなので全然違和感はない。右ハンドルに変速ダイヤル(車両によって3段変速と無段階変速の2種類があった)、左ハンドルにベルが付いていて、ライトは自動で点灯。荷物カゴの代わりに、ちょっとした荷物を留めるためのゴムバンドも付いている。目的地とその最寄りのステーションまでのルートをアプリが案内してくれるから、道に迷ったり一方通行を逆走してしまったりといった心配もない。欲をいうならハンドルのあたりにスマートフォンを固定できるようになっていれば最高だけど、信号待ちのタイミングとかで経路を確認すればいいだけの話だからそこまで大変じゃない。
 右も左もよくわからない街を自転車で駆け抜けるのはなかなか痛快だ。自転車にとってマンハッタンの車道はけっして優しくはない。路上駐車はびっしりだし一方通行ばかりだし路面はデコボコだし坂道も多いし、気を張ってないと危険な場面も多い。けど、徒歩よりもずっと早いスピードで駆け抜ける感覚がとにかく気持ちよかった。
 

メトロポリタン美術館と2000年前の名も知れぬ人


 自転車を駆ってあっという間にMETへ到着。
 日曜の午前10時過ぎ、外には入場待ちの列ができていた。METに限らず、NYCの施設の多くでは手荷物チェックがおこなわれており、それゆえに建物の外に行列ができやすい。ただ、手荷物チェックを実施率こそ高いものの、チェック自体が厳しいかというとそうでもなく、日本のイベント会場なんかと同じくらいのザルっぷりだった。その気になれば物騒なモノはいくらでも持ち込めてしまうだろうな、ってくらいの。
 あと、テロ対策に目を光らせているわりに、NYCの街中にはゴミ箱がいっぱい置かれている。悪意のない観光客の身にとってはいつでもゴミを捨てられるから有難い限りなんだけど、要人の来日とかの度にすぐゴミ箱を撤去される東京の街に慣れた身からすると、ちょっと心配になってくるくらいだ(たぶん、日本で「ゴミ箱=テロの道具」ってイメージが定着しているのは地下鉄サリン事件の経験が大きいんだろうけど)。
 
 前日の「THE RIDE」搭乗時に使った「New York Pass」は優れもので、本日廻る予定の美術館や博物館もすべて無料で入場できる。ただ、どこでこのパスを提示したらいいかわからない。METの案内窓口にいたアジア人の女性におそるおそる「Excuse me」と声をかけてみると、僕の顔を見るなり「あ、こんにちはー」と日本語で返されホッとした。母国語による親切な案内をうけて無事に入場。


 METは2階建てのとてつもなくどでかい美術館だ。スケールの大きさを話に聞いてはいたけど、実際に歩いてまわってみるとやはり面食らう。最近訪れたなかでは大阪・万博記念公園にある国立民族学博物館(みんぱく)のスケールの大きさにぶったまげたが、みんぱくの床面積が約5万平方メートルなのに対し、METは18万平方メートル以上だという。みんぱくでも全部廻って観たあとはへとへとだったのに、あの3倍以上!





 所蔵品の点数も質もジャンルの幅もケタ外れで、早足にそそくさと見てまわっても眩暈を覚えるばかりだ。西洋絵画の有名どころだけでもお腹いっぱいになるけれど、それ以外のジャンルもみんな粒揃いで、知識がなくても行き当たりばったりのルートで歩いてもとにかく面白い。







 写真撮影も自由なので、思わずアレもコレもと撮っているうちに、どんどん時間が経ってしまう。







 印象派の絵画、とくにゴッホなどは生々しい筆跡から作者の息吹を感じ取れるのが楽しいし、その筆跡をズーム撮影できるのがまた嬉しい。




 扱っているジャンルが多岐にわたっているから、ひとつのコーナーをあらかた見終わっても別のコーナーに足を踏み入れた途端、新鮮な衝撃に襲われる。その繰り返しで妙なトリップ感を味わいつつも、とあるブロンズ像に目を奪われた。

 METでは『Bronze statue of Artemis and a Deer』の名で展示されていたが、Wikipediaには『Artemis and the Stag』というタイトルで登録されている。制作時期は紀元前1世紀から1世紀ごろ。かなりおおざっぱだが、ざっと2000年前の作品ということになる。2007年のオークションでは2860万ドル、つまり約30億円の値がついたそうだ。

 現地で鑑賞していたときにはそこまでの価値があるとは知らなかったが、その生き生きとしたポーズや表情に衝撃を受け、そして、これが2000年も前の作品だと知ってさらに驚いた。何世紀に作られたかもハッキリしないくらいなので、もちろん作者も不詳。ただ、名も知らない誰かの作品が2000年もの時を経て多くの人の胸を打っている、その事実にまた感動した。

 こんな作品がいっぱい展示されているのだから、早足で廻ろうにも廻れるはずがない。正午過ぎにはMETを発つ予定だったが、外に出て時計を見ると、時刻は14時近くになっていた。
 

ホットドッグとパパイヤの王様

 空腹と喉の渇きを覚えて、METへ来る途中に見かけたホットドッグ店「Papaya King」へCiti Bikeで向かうことにした。今回の旅の予習で読んだ『ニューヨーク美術案内』で千住博氏が「名店」と評していた老舗だ。千住氏いわく、ニューヨークで美術館を廻るなら昼食はホットドッグとパパイヤジュースの組み合わせに限る、らしい。
 気さくなお兄さんと言葉を交わし、「Homerun」というホットドッグと、パパイヤジュースを注文。パパイヤジュースのサイズは最初Largeにしようと思ったが、お兄さんが苦笑しながら「Largeだとこんなサイズだけど大丈夫?」とアメリカンなスケールのカップを指したのでMediumに変えてもらった。

 さんざんMETを歩きまわった後だからもう何を食べても美味いと感じたはずだけど、それにしてもまあ美味い。人気店や老舗っていうと、その評判に甘えて味を落とす場合と、長年のノウハウで洗練されまくっている場合の両極端に分かれると思う。ここは完全に後者だ。
 ホットドッグもさることながら、パパイヤジュースが輪をかけて素晴らしい。氷と一緒にミキサーでスムージー状になっているから、真夏に汗をかいてから飲むには最高だ。爽やかな甘さがホットドッグをすっきりと喉に流し込んでくれる。しかも、「ミキサーにかけたら多めにできちゃったからあげるよ」とMediumのカップに収まりきらなかった分を紙コップでおまけしてくれた。実質、Large相当の分量になったんじゃないか?
 きっとMETでは作品を保護するため湿度を低めにコントロールしていたのだろう。猛烈な喉の渇きも手伝って、キンキンに冷えたパパイヤジュースをあっという間に飲み干してしまった。
 

グッゲンハイム美術館とフランク・ロイド・ライト

 コンディションを整えたところで次はグッゲンハイム美術館。
 三度Citi Bikeに乗ったのだが、ここで早くも身体が悲鳴を上げてきた。最初は自転車で風を切る気持ち良さばかりを感じていたが、METで何時間も歩き回っているうちに足に疲労が溜まりまくっていたらしい。陽差しも強く、汗だくになりながらグッゲンハイム美術館前のCiti Bikeのステーションに着くと……スタンドが空いてない。つまり自転車が返却できない! こんな這々の体で他のステーションまで自転車を返しに行かなきゃならないのか……。愕然としていると、ちょうど目の前でスタンドから自転車を借りる人の姿を発見。よかった、これで自分の自転車を返却するスペースが空いた。



 大汗をかいて足もガクガクになりながらグッゲンハイム美術館へ入館。グッゲンハイム美術館といえば、なんといってもフランク・ロイド・ライトの設計した建物それ自体が有名だ。僕は大学時代のバイトで架空の建物の図面を作るためにいろいろと変わった構造の建物を調べてみたことがあって、そこでフランク・ロイド・ライトのことを好きになった。なかでもグッゲンハイム美術館にはずっと憧れていたので、念願叶ったり。ただ、中の展示は個人的にはあんまりノれなかった。疲労が溜まりすぎていたのもあるだろう。
 

ニューヨーク市立博物館とスタンリー・キューブリック

 続いて、徒歩でニューヨーク市立博物館へ。METもグッゲンハイム美術館もニューヨーク市立博物館もセントラルパークの東側にある。せっかくだから、ちょっと遠回りにはなるもののセントラルパークの中を通ることにした。

 日曜の昼下がりのセントラルパークは平穏そのもの。散歩を楽しむ人たちから、池の周りを走るランナー、芝生にレジャーシートを広げて音楽をかけながら飲み食いしているグループなど、NYCに住む人たちの日常を目の当たりにできて嬉しかった。


 
 ニューヨーク市立博物館(MUSEUM OF THE CITY OF NEW YORK)は、この日に廻った他の場所に比べるとそれほど有名じゃないと思う。でも僕には大きな目的があった。特別展「THROUGH A DIFFERENT LENS STANLEY KUBRICK PHOTOGRAPHS」、スタンリー・キューブリックの写真展だ。


 キューブリックの映画は好きだし、カメラマンの経歴があったこと自体は知っていても、その写真作品を見たことはなかったのでこの機会にぜひ観てみたいと思った次第だ。
 
 まずは常設展の「NY AT ITS CORE」から観ていくこととする。ニューヨーク市立博物館というだけあって、こちらはNYCの歴史が中心だ。元はごく少数の人しか住んでいなかったマンハッタン島が、どうして無数の人たちが住まう世界有数の都市になったのか。どのような人たちがどのように発展させてきたのか。そういった展示が中心だった。
 
 それから、いよいよお待ちかねの企画展の会場へ。

 キューブリックの写真はどれもこれも最高だった。

 キューブリックは弱冠17歳で雑誌『Look』のカメラマンとしてキャリアをスタートさせている。今回の企画展も『Look』誌のためにNYCで撮った作品が中心で、展示用の大きなパネルとともに、実際の『Look』の誌面もあわせて展示されている。

 20歳前後にして既にキューブリックの写真は巨匠の貫禄をもっていた。素人目に見ても別格の才能だ。しかも、キューブリックが実際に撮ってまわったNYCの街にいて観られるのだから感慨もひとしおである。

 終盤には、映画監督デビュー作『拳闘試合の日』(Day of the Fight)制作時のスチルや本編映像が展示されている。この作品で手応えを感じたキューブリックは映画監督としてのキャリアを歩み始めるのだが、その先はみなさんご存知のとおり――といったところで展示は終了。
 実に良いものを観た。そういえば売店に企画展の図録が売ってたな、とご機嫌な足どりで売店へ向かったが、立派な装丁の図録は価格も立派で、お値段は70ドルだった。断念。ちなみに、あとで調べてみたら日本のAmazonでは約6,500円で売られていた。それでも高いのは高いけど……買おうかどうか、まだ悩んでいる。

 

駆け足のMoMAとフィンセント・ファン・ゴッホ

 次の目的地はMoMA。自転車で向かうには厳しい距離なので、路線バスに初搭乗することにした。NYCは地下鉄も路線バスも距離にかかわらず定額で、バスの場合は乗車時にメトロカードで先払いすればOKだ。
 ただ、乗るのは簡単でも降りるのは地下鉄以上に難しい。日本の路線バスでよく見る「次は●●」みたいな表示はないし、車内アナウンスはボソボソっとしか言わないのでまるで聞こえない。ただ、「次に降ります」ボタンを押さないと降車できないシステムは日本と同じなので、うっかり気を抜くと大幅に乗り過ごしてしまうおそれがある。そんなわけでGoogleマップの現在地表示をずーっと睨みつけながら「ここだー!」というタイミングで降車ボタンを押した。ありがとうGoogleマップ。
 

 16時半をまわった時刻にMoMAへ到着。
 受付で「17時半閉館だから残り1時間もないけど大丈夫?」と訊かれるが、構わず入場。音声ガイダンス端末の貸出しは締めきられていたが、MoMAのスマートフォン向けアプリからも音声ガイダンスが聞けるので、そちらを使ってみた。ちょうどおあつらえ向きに「1時間しか時間がない場合は・・・」というプレイリストがあったので、そこでピックアップされている作品を狙って鑑賞することに。

 しかし、MoMAは短時間で早足で廻るには不向きな構造だった。(おそらく意図的に)順路がハッキリ決まっておらず、場内MAPもすごく簡素。時間をかけてうろうろして、意外な作品との出会いを楽しんでもらう、みたいな趣向なんだと思う。おかげで同じところを何度もぐるぐるしてしまった。
 
 なんといってもMoMAの目玉といえばゴッホの『星月夜』(The Starry Night)。

 MoMAの係員は1部屋に1人いるかいないかといったくらいの人数だが、『星月夜』だけは専任の係員が横に張りついているので、その時点で別格の扱いだとわかる。

 ゴッホの作品はMETでもたくさん展示されていたが、やはり『星月夜』は特別だ。何の予備知識もなしに観たとしても目を奪われるほどの力を感じる。ゴッホの作品を観れば観るほど、生前のゴッホが鳴かず飛ばずだったことが信じられなくなる。METやMoMAを訪れる世界中の人たちがみんな息を呑んでキャンバスを見つめているのだから。
 

マンハッタンに隠れたメキシコと日本

 小腹が空いてきた。気になっている飲食店は片っ端からYelpで登録していたので現在地から近い順に表示してみたところ、徒歩圏内に「Los Tacos No.1」があった。タコスのお店で、1個あたりのサイズが小さいらしい。軽食にはピッタリだ。
 メニュー表記がスペイン語のようで面食らうが、よくよく見ると括弧内に「GRILLED STEAK」とか「MARINATED PORK」とか書いてあったので「POLLO ASADO(GRILLED CHICKEN)」を注文。

 ボリューム感は中華まん相当といったところだろうか。かなり美味い。ぺろりといただけた。
 

空振りのTOP OF THE ROCKと大当たりのKajitsu

 次なる目的地のロックフェラーセンターへ歩く途中、通りすがりにこんな店を見かけた。

 マンハッタンにもあるのかよ! しかも店の前に貼られているポスターがエヴァ(新劇場版ではなく明らかに90年代のもの)。時空が歪んでいる。

 もしかしたら清水国明による店内放送の英語バージョンが聞けるのでは!? と期待に胸を躍らせ入店してみるが、もちろんそんなことはなかった。普通に洋楽が流れてた。品揃えは洋書の古本ばかりであまり見るところがなさそうに思えたが、店の片隅のワゴンに日本語の書籍がごちゃっと積まれており、これが大変に趣深かった。子ども向けの参考書と大人向けの自己啓発書の比率が異様に高い。なるほど、日本からNYCへ来た人にブックオフで売却されそれからずっと店頭に残り続ける本はこういう傾向に偏るのだな……と、ワゴンの前でしみじみしてしまった。
 また、地下へ続く階段があったので降りてみると、こちらはコミック専門フロアだった。アメコミ2割、日本のマンガが8割(英語版も日本語版もあり)といったところ。奥のほうは日本語版の日本のマンガ(つまり日本の書店で普通に売っているそのままの形)の棚がずらっと並んでおり、POPの類もみんな日本語なので、この一角だけ日本のブックオフの店内へワープしてしまったような感覚に陥りクラクラしてしまう。
 
 ロックフェラーセンターには、展望台・TOP OF THE ROCKがある。


 あまり展望台のたぐいには興味がなかった(自由の女神像も今回けっきょく観なかった)のだけど、まあ1回くらいは登っておくか、ってくらいのテンションで臨んだが、日曜の夕方ともなればそりゃあ大混雑に決まってる。
 チケット購入(正確にはNew York Passによるチケット引換え)の行列だけでさんざん待たされ、しかも「今からチケットを買っても登れるのは20:45以降になるよ!」とアナウンスされたのであえなく退散。21時にディナーの予約を入れていたのだ。
 
 この日最後の目的地は、日本料理のお店・Kajitsu。
 別途詳しく書いているので、こちらをご参照いただきたい。

 上の記事でも書いたけど、まあとにかく素晴らしかった。先ほどのブックオフとはまた別の意味で日本らしいひとときを味わえた。
 最高の料理と日本酒で良い気分のままホテルへ戻って就寝。
 
(3日目へつづく)