『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』が面白すぎるのでみんな「プロジェクト本」を出してほしい。特に今は『プロジェクト・君たちはどう生きるか』が読みたい超読みたい

 気になってはいたけど評判も良いっぽいなと調べたら電子版があることに気づき買って試しに読みはじめたらあまりの面白さに半日足らずで読み終えてしまった。

 スタジオカラー 編『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン -実績・省察・評価・総括-』。
 その書名から映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のファン向け公式副読本のひとつかと思われそうだけど、そういう期待を抱いて読んだらまず拍子抜けするだろうと思う。
 本書の中身はほとんど文章。キャラクターなどが描かれた図版は本文を補足するための「参考資料」の役目に徹している。その本文も制作および製作の裏側に関する話に終始していて、作中のキャラクターやストーリーが云々って話は皆無といっていい。ジャンル的には実用書、ビジネス書とかの部類に含まれると思う。というか、一番近いのは社内資料や社史かもしれない。読んでいる最中の感覚でいうと、そういった関係者向けの(ただし読み物としてめちゃくちゃ面白い)書類を部外者の立場から覗き見しているような、好奇心や一種の背徳感をかき立てられる興奮があった。
 そもそも本書の冒頭、「本書の位置付けと概要」にはこうある。

本書のアプローチ
 
「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」(以下、基本的に「本プロジェクト」と表記)という特定のプロジェクトの遂行について検分・検討を行ったものである。よって本書に示される多くは本プロジェクトに固有なものが多いと思われるが、一般性に接続できるようなものが見出され、役立つような本にもしたい、という思いもある。
 そのため本書では、具体的な実践や対処を事例やエピソードの形で紹介するのではなく、実践や対処の源泉となった考え方や態度を抽出し、アニメ制作固有の用語・表現に頼らず解説することに力点を置いた。
 また、本書は「シン・エヴァ」を含む『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』関連作品の視聴を前提にしたものにならないよう心掛けたつもりである。
(出典:『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』P.8/太字強調は引用者による)

 この部分だけでもう、ファンアイテムとかそういうものとは全然別のベクトルで作られているのだとおわかりいただけると思う。エヴァの視聴を前提にしない公式の関連書籍なんて普通ありえる? しかし、だからこそ、めちゃくちゃに面白い。
 
 本書で個人的に面白かった点をざっと箇条書き。これ以外にもいろいろあるけど。

  • 制作および製作にかかった金額を項目ごとにリストアップしている(3DCGの外注費はいくら、とか)
  • 制作中のスタジオ内の配置図が(コンロやトイレの位置まで)載っている
  • 膨大な量のデジタルデータ類を具体的にどう処理していたか(カラーは以前からこういう技術的なノウハウの社外発信に前向きで素晴らしいなと思う。たとえばこれとか)
  • 庵野秀明や安野モヨコらがスタッフに対しどんな差し入れをしていたか
  • スタッフ間のやり取りにはSlackを活用したけど、庵野だけはある理由から敢えて使わなかった(ただし限定的な用途では庵野もめっちゃ活用してた)

 そして何より、本書の後半で内外の関係者たちが本プロジェクトについて語ってるんだけど、これが事実上、各人による「庵野秀明論」になってるのが最っっっ高に面白い。肝心の庵野本人への聞き取り部分は(例によって)ガードが固めなんだけど、まわりの人たちがこんなにアレコレ語ってくれてたらもうそれで大満足。庵野が鶴巻和哉にアレをコレしようとしてたなんて初めて知った。
 
 いろんなプロジェクトに関してもっともっとこういう本が出たらいいのになーと思う。「プロジェクト本」というひとつのジャンルになってほしい。もちろんなかなか簡単には作れないし出せないだろうけど。
 直近のやつでいうとやはり『プロジェクト・君たちはどう生きるか』が読みたい。超読みたい。本書にも寄稿している鈴木敏夫が感化されて「宮さん今回で本当に引退なんだから俺たちも最後にこういうの作ろうよ」とか言い出してほしい。ジブリなら作れるって! ある意味映画本編よりも面白くなるはずだって!!
 『プロジェクト・ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』とかも読みたすぎるぞ。任天堂は社内でよくプロジェクトの反省をしているというから特に相性がよさそうだけど、そういうの、外にはそうそう出さないだろうなあ*1
 こういう大成功例だけじゃなく、逆に、うまくいかなかった、破綻したプロジェクトに関する「プロジェクト本」があったらそれはそれでものすごい量の学びが得られるはず。それこそ誰がそんなもんまとめるんだという話ですが……。
 ちなみに本書の執筆者を務めた成田和優という方は、JAXAで約9年半務めてからカラーに制作進行として入ったという異色の経歴の持ち主らしくそこも興味深い。もしかしてJAXAにはこうやってプロジェクトごとに記録を残す文化があるんだろうか? それともこの人が特異なだけ? いずれにせよ、よくぞこんな本を出してくださった、と深く深く感謝を申し上げたい。
 
 しかし、読めば読むほど、あれもこれもカラーおよび庵野だからやれることなんだよなあ……と感じる部分も少なくない。それは本書に登場する関係者たちも異口同音に述べていることである。そもそもの『シン・エヴァ』自体、自社100%出資でやってるからこそ思いきった判断をするときにも腹をくくれるわけだし、こういう本だって社内でOKが出れば(=庵野が乗り気なら)出せてしまう。けど、この「プロジェクト本」という手法だけでも、どうにか他でも真似してくれないものかなあ。
 今後のカラーがどうなるかも気になるけど、次の大きな弾はやはり鶴巻和哉監督作なのかな。本書の中で尾上克郎がジョージ・ルーカスとILMを引き合いにだして「これからカラーはそんな会社になっていく予感がしています」*2と指摘しておりなるほどなと思ったけど、自分の印象でいうと、ILMというよりその母体であるルーカスフィルムのほうがより近いかも。自社で作品制作もしつつ、その中にILM的な業界全体の技術向上を担う最先端集団もいる感じで。カラーにおけるスター・ウォーズ(=エヴァ)は無事完結したけども、インディ・ジョーンズに相当する作品*3は出てくるのかな。
 
 考えてみると、自分はその作品に対して以上に庵野秀明という映像作家・経営者個人に対する興味が強くて、作家としての唯一無二の能力に加え、自身が経営するスタジオも同時進行であれだけの規模にまで成長させているところがまた何倍も凄いと思ってる。いくら優秀なスタッフに支えられていても、1人で両方はできないって! 優秀なクリエイターが自分のスタジオを持つこと自体はアニメに限らず多くの先例があるけど、そのクリエイター自身が社長を務めつつ、ここまでちゃんとした規模のちゃんとした企業にできている例ってそうそう無い。それこそジョージ・ルーカスも映像作家であり大スタジオの経営者でもあったわけだけど、そのルーカスでさえ自分で監督しなかった(=プロデューサーや経営者の役目に集中していた)時期が長いし。
 本書によれば「カラーは創業以来赤字決算になったことは一度もなく、また、無借金経営を続けています」*4とのことで、カラーが自社単独で出資してる『シン・エヴァ』のプロジェクト費用が「約32.65億円」*5であることと照らし合わせるとドえらいことですよ。ずっと黒字で無借金で32.65億円を全額出せるの!? どんだけキャッシュ持ってるんだ。
 で、いざ本書で関係者の発言を読んでみるとやはり庵野のそういった特異性を指摘する人が多く、個人的にはそうそうこういう話を聞きたかった! もっと読ませてくれ!! となる。中でも、鈴木敏夫に庵野が述べたという「僕はひとりでやってきた。僕に鈴木さんはいなかった」という言葉*6*7の重みがすごい。
 
 めちゃくちゃ面白かったし再読するたびに発見があると思うので、たぶん今後何度も読む。人によって合う合わないは極端に分かれると思うけど、この文章を読んでなにかピンと来た人には強くオススメします。

(※2023年7月20日現在、紙書籍版はAmazonでプレミア価格になっちゃってますが、Kindle版は1,700円で買えます。ただし固定レイアウトのためiPadとかパソコンのディスプレイとか大きめの画面じゃないと読みにくいので注意)

*1:「社長が訊く」に端を発する一連のシリーズがそれに相当するかもしれないけど、あれはかなり「よそ行き」の格好をしているし……(もちろんあれはあれで大好き)。あとCEDECとかで部分的にノウハウを公開することはあるかもしれない

*2:出典:『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』P.202

*3:スタジオのボス(ルーカス/庵野)以外が監督する看板作品、という意味です

*4:出典:『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』P.167/太字強調は引用者による

*5:出典:『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』P.21

*6:出典:『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』P.229/なお、鈴木敏夫の文章ではこの庵野の発言に込められたニュアンスについて「自慢とか自負を言葉にしたのではありません。その孤独を訴えたんです」と補足されている

*7:本書を読むと、カラーの代表取締役副社長の緒方智幸こそが鈴木敏夫に相当する存在なのでは? とも思うけど……