「不祥事⇒関連作品すべて封印」の自粛が抱える9つの問題点/署名活動「電気グルーヴの音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止を撤回してください」の話【2】


 2019年3月15日に開始した署名活動の話、第2回です。
 前回は主にこれまでの経緯を書きましたが、続いて、今回の具体的な論点を書いてゆきます。

 
 ……が、その前にひとつ、大事なおしらせです。

署名〆切と署名提出と記者会見のおしらせ

 第1回でもお伝えしたとおり、4月10日24時をもって、署名の受付を締め切らせていただきました*1
(Change.orgの仕様により、現在もまだ署名可能な状態になっておりますが、実際に提出させていただくのは4月10日までの署名分となります。ご了承ください)
 
 3月15日から4月10日までの27日間で、64,606人もの方々にご賛同いただきました。
 また、電気グルーヴの音楽は世界中で聴かれていますが、国別に集計したところ、なんと世界79ヶ国の方々から賛同いただいていると判明しました!
 本当に、本当にありがとうございます。Big thanks to more than 64k people!
 
 いよいよ次のステップです!
 本日4月15日(月)、我々は株式会社ソニー・ミュージックレーベルズへ署名を持参いたします。
 そして同日14:30より、文部科学省記者クラブ会見室にて記者会見を開きます
 登壇者は、発起人の永田夏来先生と私・かがりはるき。そして、賛同人を代表して、首都大学東京教授宮台真司氏、ミュージシャンの巻上公一氏、ミュージシャンのダースレイダー氏にもご同席いただきます*2
 
 すでに告知されているとおり、この会見の模様はニコニコ生放送やYahoo!ニュース等にて生中継される予定です。また、リアルタイムでご覧になれないかたもご安心ください。各メディアにて報道されるほか、われわれ発起人からも追って報告させていただくつもりです。

 さらに、記者会見の後、17:30からはニコニコ生放送の特別番組「ピエール瀧逮捕から考える、アーティストの罪とユーザーの権利」にも同じメンバーで出演する予定です。まさか音楽ナタリーの記事に自分の名前が載る日がくるなんて

 
 また、会見へご同席いただくお三方も含めて、今回12名以上の方々に賛同人をお願いしております。賛同人の皆さまのお名前と、署名とともに提出する主旨文はキャンペーンページのほうからご覧ください。

 
 以上、おしらせでした。
 あと、このブログ記事には株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ訪問や記者会見に向けて論点を整理しておく意図もあります。そんなわけで本題に入ります。

「不祥事⇒関連作品すべて封印」の自粛が抱える9つの問題点

 今回の署名活動の目的はあくまで「電気グルーヴの音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止を撤回」していただくことです。しかし、賛同してくださった方々には、今回の電気グルーヴの件に限らず、こうした「不祥事が起きる⇒関連作品がすべて封印される」といった慣例そのものに疑問を抱いている人も多いのではないか――と思っています。
 そこで、今回のピエール瀧さんの件を具体例に、私たちがこうした自粛に疑問を抱いている理由を挙げてゆきます。
 
 なお、すべての話の大前提として述べておきますが、違法薬物を手に入れて使用することは犯罪行為であり、法で裁かれて然るべきです。私たちもそこに異論はありません。
(「現在の日本の薬物規制がベストな形かどうか」はまた別の話です。そこにはさまざまな考え方があるでしょうから、ここでは割愛させていただきます)

1.レコード会社の対応はあくまで「自粛」である

 まず、企業による「自粛」はあくまで自主的な行為です。
 ピエール瀧さんの容疑は今後、司法で裁かれます。
 捜査や刑事裁判に先立って関連企業が容疑者との取引を停止しなければならないルールはありません。レコード会社や放送局等の対応はあくまで「自粛」です。
 私たちが焦点にしているのは、その「自粛」は必要なのか? という話です。

2.「推定無罪」の原則に反している

 最初の「自粛」がなされた時点で、ピエール瀧さんの立場は「容疑者」でした(現在は「被告」)。各メディアによって瀧さんの使用薬物、使用歴などが伝えられていますが、これらはあくまで捜査段階の情報になります。
 日本国憲法第三十一条では「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と、推定無罪の原則が定められています。
 推定無罪の観点からすれば、逮捕されたその日のうちに関連作品を回収等する行為は拙速であると思います。
 また同じく、ピエール瀧さんが刑事告訴された4月2日、その日のうちに所属事務所の株式会社ソニー・ミュージックアーティスツから契約解除の発表がありましたが、瀧さんの罪が確定していない時点ですぐに判断を下すべきものでしょうか。このときの同社の発表には「誠意をもって」の文言がありましたが、これが誠意のある対応と言えるのか、大いに疑問が残ります。

3.「自粛」の理由を誰も明確に述べていない

 今回の件に対し、坂本龍一さんが以下のように問いかけて大きな反響を呼びました。


 このツイート、「音楽に罪はない」の言葉が印象的ですが、「何のための自粛ですか?」のフレーズにも注目です。そう、株式会社ソニー・ミュージックレーベルズは、そもそも「自粛」の理由を一度も明らかにしていないのです。
 これはソニー・ミュージックレーベルズや電気グルーヴの音楽に限った話ではありません。前編で挙げたような「自粛」の数々、たとえば、NHK『いだてん』、セガゲームス『JUDGE EYES』など、「ピエール瀧容疑者の逮捕を受けて」と述べられてはいますが、「容疑者の逮捕」がどうして「キャスト交替」や「回収」などに繋がるか明言しているものは、どれひとつとしてありません(少なくとも私が見た限りでは)。
 さらに、『アナと雪の女王』に至っては、ウォルト・ディズニー・ジャパンは「オラフの日本語版吹き替え声優を交代する」ことしか述べておらず、ピエール瀧さんの逮捕にすら何一つ触れられていません。今回の事件を知らない人には何も意味が伝わりません(もちろん、そういった人はごくごく少数でしょうが)。
(このあたり、『荻上チキ・Session-22』でも同様の指摘がなされています)

 

4.「反社勢力への利益供与を防ぐため」は「自粛」の大義名分になりえない

 こうしたときによく挙がるのが、以下のような説です。

違法薬物の取引は反社勢力の収入源になっている
⇒違法薬物を用いた人間は反社勢力と取引をしている可能性が高い
⇒違法薬物を用いた人間の収入を絶つことで、反社勢力への利益供与を防ぐべきだ

 ……が、この説にも3つの矛盾点があります。
 
1)これまで反社勢力に流れた金銭は戻ってこない
(※ここから先は「反社勢力から違法薬物を入手したのが事実であれば」の前提で話します)
 もし、今までの音楽活動・俳優活動等で得た収入が反社勢力へ流れていたならば、私たちもその行為を肯定するつもりはないです。
 しかし、逮捕された今の段階で関連作品を封印したところで、これまで反社勢力に流れていた金銭が戻ってくるわけではありません
 
2)今後の収入がそのまま反社勢力へ流れるわけではない
 「これまで反社勢力に流れた金が戻ってこないとしても、今後の収入源はすみやかに断つべき」といった見方もあるかもしれません。
 たしかに、薬物依存は簡単に治るものではありません。しかし、「金があればまた薬物を買うだろうから」と当人の収入を断っていい理由にはなりません
 また同じく、「過去に反社勢力への利益供与があったから、今後一切の収入を絶つべき」といった考えにも首肯できません。
 それよりも、薬物依存から回復できる道筋を確保することがはるかに効果的だと考えます。
 
3)この理由はあくまで第三者による憶測に過ぎない
 そもそも、自粛している側が「反社勢力への利益供与を防ぐため」と述べている例は(私の知るかぎり)ありません
 あくまで第三者の憶測ですし、仮にそうした意図があるにしても、これまで述べてきてきたような問題点があります。

5.「犯罪者のつくった音楽」が聴きたいか聴きたくないかは、リスナーが決めること

 では、企業が「自粛」に踏み切る理由は何なのか。
 ほかに考えられるのは、たとえば「被害者感情への配慮」ですが、これも今回のような(特定の被害者がいない)事件ではあてはまりません。
 
 各社が自粛を即決する一方、東映は『麻雀放浪記2020』を、ピエール瀧さんの出演シーンをそのまま残して上映する判断をとりました。その理由は「劇場での上映は有料であり、かつ鑑賞の意志を持ったお客様が来場し鑑賞するというクローズドなメディア」*3であることから。
 同作の白石和彌監督はインタビューでこう述べています。

タダで見られるテレビのワイドショーが、朝から晩まで瀧さんが保釈される時の映像をさんざん流して、被害者がいるケースの新井(浩文)くんの映像も流している。

「誰かが傷つくからその人を映さない」という論理は、今の社会では通用しないですよ。
ピエール瀧出演シーンも公開、『麻雀放浪記2020』白石和彌監督の思い「治療ができたら『よくやったな』と社会が受け入れるべき」 | ハフポスト

 受動的なメディアであるテレビで電気グルーヴの映像が流れている一方、聴きたいかどうか個々人が能動的に判断できるCDショップや配信サービス等からは音源・映像を引き上げてしまう――これはあまりに矛盾していないでしょうか。
 穿った見方をしてしまうと、企業が「自粛」する究極の理由は「クレームをおそれているから」であり、それを明言できない(したくない)から理由を明らかにしないのでは? と思ってしまいます。
 
 その「自粛」、ほんとうに必要でしょうか。
 もう一度、坂本龍一さんのツイートから引用します。「ドラッグを使用した人間の作った音楽は聴きたくないという人は、ただ聴かなければいい」
 聴く自由も聴かない自由も平等にあるべきです。CD等のソフトであれば手に取らなければいいだけの話ですし、サブスクリプション型の音楽配信サービスでも、たとえばSpotifyならば「このアーティストの曲は再生しない」と(いわばTwitterのミュート機能みたいな形で)聴かないこともできます。
 法に違反した人の音楽を聴くか聴かないか判断するのは、われわれリスナーの権利ではないでしょうか?

6.「自粛」が過剰になっていないか?

 ところで、現在のような「逮捕⇒即回収」といった自粛措置は、1999年の槇原敬之さんの件が最初とする説が有力視されています。


 ――が、よくよく調べてみたところ、その2年前の1997年、L'Arc~en~Ciel(当時メンバーだったsakuraさんが覚せい剤取締法違反により逮捕)でも同様の対応があったようです。
(※このあたり、まだまだ調べが足りないので、話半分に読んでいただけると幸いです)
 sakuraさんの逮捕を受けて、発売予定だったシングル『the Fourth Avenue Café』が発売中止*4になったのはわりと有名な話ですが、このとき旧譜も一時的に出荷停止・回収されたとのこと。旧譜が回収された正確な時期は不明ですが、sakuraさんの逮捕が公になったのが1997年3月11日で、出荷再開が同年4月21日らしいので、「自粛」の期間は約1ヶ月だったと思われます*5
 「L'Arc~en~Cielのせいで自粛が定着した」と言いたいのではありません。当時と今とでは情報の流れる量もスピードも段違いですし、のちにL'Arc~en~Cielは大ブレイク(1999年にアルバム2作が300万枚突破*6)を果たすので、結果的にみれば当時のこの判断は良かったのかもしれません。
 しかし、このときの「自粛による成功体験」が、のちの槇原敬之さんらの作品回収に繋がっているようにも感じられます。L'Arc~en~Cielも槇原敬之さんも岡村靖幸さんもそして電気グルーヴも、みなソニーミュージック系列のレーベル所属時に、違法薬物によるメンバーないし本人の逮捕を経験しています。
 そして、L'Arc~en~Cielのときは約1ヶ月程度で旧譜の出荷停止が解除されていますが、出荷停止される期間も徐々に長期化しているようです*7
 
 今回の場合、電気グルーヴほどの人気・知名度であれば(つまりレコード会社にとってビジネス的価値があれば)、おそらくいずれは再販されるでしょう。
 しかし、確実に再販される保証はどこにもありません。 また、レコード会社にとってセールスが期待できないミュージシャンの場合、出荷停止のまま二度と再販されない可能性もあります。
 電気グルーヴにしても、現時点では株式会社ソニー・ミュージックレーベルズが作品の権利を保持したまま出荷停止しているので、言ってしまえば「生殺し」状態にあります。
 
 今後もし別の人物によって同様の事件が起き、そしてその人が取引先企業の自粛によって復帰する手段を失い、生活が追い込まれてしまったら――。そうした状況にある人を追い込まず、回復できる道筋を残すためにも、今回のような対応にはノーを唱えるべきだと思います。

7.中古市場の価格高騰を招いてしまう

 新品が入手できなくなる一方で、各メディアにて「電気グルーヴ」の名が何度も連呼される。そうなれば当然、中古市場での価格高騰を招いてしまいます。
 「不祥事が起きる⇒関連作品すべて封印」の対応が慣例化していることから、ピエール瀧さん逮捕の報が流れてすぐに、(おそらく転売目当てで)電気グルーヴの作品を店頭で買い占める人もいたそうです。
 転売行為で利益を得ている人たちの中には、反社勢力やそれに類する団体も含まれているかもしれません。もし「反社勢力への利益供与」を防ぐなら、こうした中古価格の高騰こそ避けるべきではないでしょうか。

8.サブスクリプション型サービスの普及した時代にそぐわない方策

 ここ数年、サブスクリプション(定額課金)型の音楽配信サービスのシェアが急速に増加しています。
 大手レコード会社や人気アーティストの作品でも大半の作品がサブスクリプション型サービスで配信されているので、音楽を積極的に聴く人でも、新譜をフィジカルで買わずに配信で聴く割合が増えていることでしょう。
 しかし、今回の「自粛」はサブスクリプション型の配信サービスにも及んでおり、「端末にダウンロードした電気グルーヴの楽曲まで聴けなくなった」と戸惑いの声が多く上がりました。
 また、電気グルーヴの音楽は世界中で愛聴されています。日本に居住している我々以上に、海外の人々にとって「ある日突然、電気グルーヴの作品が配信されなくなる」状況は深刻なものでしょう。
 
 CDが主流だったころは違法コピー対策でレコード会社がさまざまな取り組みをしてきましたが、サブスクリプション型サービスの普及した今でも、違法配信アプリの問題がしばしば取り沙汰されています。たとえばこちらの対談記事。
ミュージシャンに聞いた。違法アプリのこと、どう思ってる? - BuzzFeed
 
 中古価格が高騰し、合法的な配信サービスでも聴取できない。
 そんな状況で「どうしても電気グルーヴの音楽を聴きたい」と思う人が、違法コピー・違法配信へ手を出してしまうかもしれません
 今回の「自粛」はサブスクリプション型サービスに正当な対価を払ってきた人に失望感を与え、ひいては違法コピー・違法配信を助長する形になっているように思います。

9.「薬物報道ガイドライン」はメディア関係者以外も深く理解するべき

 最後に。なんといっても今回、「薬物報道ガイドライン」の話題は外せません。
 ご存知ないかたはぜひ、こちらのサイトから内容をご覧いただきたいです。

 これは2017年、ASKAさんの事件*8をきっかけに作られたものなので、今回のピエール瀧さんをめぐる報道は「薬物報道ガイドライン」ができて以降はじめての大規模な薬物報道事例となりました。
 「薬物報道ガイドライン」をつくったTBSラジオ『荻上チキ・Session-22』の2019年3月13日放送回において、各メディアの報道がガイドラインと照らし合わせてどうだったのか語られていますが、その結果は惨憺たるものでした。

 ただ、テレビの報道が従来のやり方を続けて(あるいはエスカレートして)いる一方、ラジオやウェブメディアでは、そうした流れから一線を引いた切り口の報道も目立ってきました。
 
 また、「薬物報道ガイドライン」が広く知られるとともに、今回のような「自粛」への疑問の声が多くあがってきているのもご存知のとおりです。
 先述のように、東映は『麻雀放浪記2020』を、ピエール瀧さんの出演シーンを残したまま上映に踏み切りました。
 また、NHKエンタープライズは、ピエール瀧さんの出演作(『あまちゃん』『64』など)のソフト販売を継続すると発表しています。
 
 こと薬物問題の場合、排除や厳罰はむしろ逆効果であり、本人を受け入れる場所が用意されていることこそが回復の手助けになります。
 多くの人が「薬物報道ガイドライン」の主旨を理解し、また、今回のような「不祥事⇒関連作品すべて封印」といった対応に疑問を抱くことで、より洗練された対応がなされてゆくことを願います。
 
 というわけで、これから私たちは株式会社ソニー・ミュージックレーベルズへ署名を提出し、それから文部科学省で記者会見、ニコニコ生放送をおこないます。
 どうかよろしくお願いします!
 
 最後に、今回賛同人としてご同席くださるダースレイダーさんのブログもぜひお読みください。

*1:おしマイケル!

*2:ご同席くださる方々の顔ぶれに、たぶん我々が一番驚いてます

*3:出典:https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5c90ca34e4b04ed2c1ae57c6

*4:のちに2006年にあらためて発売

*5:ネットの情報だけじゃなく、ラルクファンの友人にも当時の話を訊いてみたのですが、「sakuraさんの逮捕やシングル発売中止のインパクトのほうが大きく、出荷停止については記憶にない」とのこと

*6:奇しくも、この時期のL'Arc~en~Cielのエピソードが映画『DENKI GROOVE THE MOVIE?』でも出てきます

*7:すみません、まだ具体的な数字を挙げられるほど調べきれておりません。これは今後の宿題とさせてください

*8:タクシー内のドライブレコーダーの映像がオンエアされるなど、過剰な報道が相次いだ